明日から。
8月31日
小学生の頃は今日はせつない夏休み終わりの日。
明日から学校ダー・・。
小学校4年生の夏休み、初めて家族と離れてひとり
知らないよその子たちのグループにはいって2週間黒姫高原のキャンプに行った。
両親ともに仕事で忙しく、兄や姉は中高の部活や受験勉強で
ひとり、小学生の私は「ほい、どっかいっといで!」の邪魔者だったんだと思う。
子供なんとかクラブだね、きっと。
バスに乗ったら知らない子ばっかりで、ものすごく緊張したっけ。
たぶん、あれが社交界デビューだったねww
あそこで知らない人に出会った場合の乗り切り方はマスターした。
あーそーだったか、考えてみればアウトドアのノウハウは
BBQもキャンプファイヤーも山歩きも全部あのキャンプでマスターしたんだった。
いろんな意味で原点的なひと夏だったことを、今、思い出した。
2週間、気が狂うほどに鬼のように楽しかったなー!!
今でも思い出す黒姫高原の花咲き乱れる野原の夏休み~。
やりたいことは釣りから湖飛び込みから、川遊びから木登りまで何でもやりきった。
行きのバスでは知らなかった子が2週間で大親友になって、
別れ際にオイオイ泣いたっけww
ほのかに「東京」の男の子に憧れて恋もしたし
「新潟」の男の子に告白されたww
小学4年生の夏休み明け、9月1日、登校する時ちょっと大人の気分で
クラスメートよりひとまわり大きくなった気がしていた。
「可愛い子には旅をさせよ」・・・か。
子供たちはいい夏休みをすごせたかな?
民主308議席。大人の夏休みは課題をいろいろ残したみたいだけどね?
大人達の新学期はいよいよ92兆円の概算要求額から始まる。
あぶなっかしくてもちょいと我慢・・か。
こだわらず、こだわれ。
「感性の呼応」について。
C君は「アメリ」に恋をしました。
彼女が時折、お豆の入った樽に手をつっこみ、
にぎったり開いたりするところが素敵だと思ったからです。
これを感性の呼応と呼びます。
Aちゃんは海に潜りました。
綺麗な魚には目もくれず、ウツボをつついて遊ぶのが好きでたまりません。
あるひ、映画をみたらJ・マイヨールが子供の頃、潜る度うつぼに餌をやっていたことを知り
こよなく彼を尊敬するようになります。
(Aちゃん撮影)
これも感性の呼応です。
人にとってはあんまり意味をもたない、つまらないところに「大切なもの」を認め合う、
これを感性の呼応といいます。
仕事をしていると、時々「この人の考えることがわかる」と思う瞬間があります。
これも感性の呼応のひとつです。
仕事の中では「感性の幅」を広げると呼応し合える仲間が増えていきます。
若者にぜひ学んで欲しいのは
こだわる「感性」と、広げる「感性」を両方育てる必要性です。
「自分が正しい」と思っているとき(それが自分の中では直感的かつ理論的であるからそう思っているのですが)、大いにそれにこだわりながら(=こだわる感性)、
「あれ、人はそう思わないかも?」という俯瞰した見方(=広げる感性)
も、育てていかねばなりません。
それは迎合でもなく、妥協でもないものです。
より豊かな人間になるひとつのステップ。
ビジネスにおいては、感性が違うと言って関係性を切り捨ててしまたら何も生まれてこないからです。
ただ、こだわる感性はもっともっと育ててもいいのです。
感性を広げる作業に甘んじると、とてもつまらない人間になってしまいます。
お豆やウツボに感動しあえる人を大切にして欲しいのです。
たとえばあなたが2時間の映画をみて、気にいったシーンがものすごくたわいのないものでも
いつか、その同じシーンが好きなんだと語る誰かに会えるかもしれません。
こだわる感性に呼応できる人に出会うことは、
人生の「発掘作業」のようで、それはそれは楽しい出来事なのです。
あなた達のこだわりを手放さないでいて欲しいとも思います。
女性リーダーたるもの・・・?
女性リーダーのに求めれらる資質についての横田さんの文章を読んでちょいとおもしろかった。
女性リーダーたるもの・・・・・・・by お茶大リーダー教育ミニパンフ3つの実践
1.心遣い (自分と異なる意見も尊重し他者に配慮できること)
2.知性 (問題を的確に捉え解決すること)
3.しなやかさ (難しい局面にも自信を持って柔軟に対応できること)
これって女性である必要あるんかな?
男も同じじゃね?
いわゆる「人格者」ってこうゆうことを言うんじゃね?とお茶大様に物申し上げたくなる。
あえて女性教育として言っているのではなく
社会のリーダーとはこうゆうことよと教えているからなのかな?
それとも、元来女性は
1.心遣いが足りなく (他人なんかどうでもよく)
2.知性に欠け (問題を多角度から客観的に見れず)
3.しならない (難しい局面に柔軟に対応できない)
・・・・・・・・という特質があるから矯正しなさいよ、と教えているのかな?
まーそう言われちゃうとそうね。女性の傾向だわ、それ。
私がよく女性を褒めるとき、「よ!男前!」って言うけれど
その場合の「男前」を解説すると、お茶大が女性リーダーたるもの・・・と説いた
上記1.2.3.を満たす・・・ということになるのかな?
なぜ、女性よりも男性の方が1.2.3において優れているか・・は
私の中に明確な答えがある。
それは男性は人類の歴史の中で「狩りをするのが仕事だった」から。
狩りをするためにはこの1.2.3.の資質を磨かねば獲物は取れない。
狩りはどんな仲間と協力して行わなければならず
天候や地形がもたらす問題を的確に解決し
そのつど変化する局面に瞬時に対応しなければ
獲物に逃げられちゃうわけでして・・・。
洞穴で子供を守り、情報を共有しあうことで種を守る女性には磨ききれない特質なのだ。
そう考えるとビジネスはまさしく「狩り」。
長い歴史の中でDNAとして組み込まれた特質を徐々に変質しなければならない
現代の女性リーダーたちの修行はまだ長いとみる。
キミがいる毎日
ペットサイトを運営することになったとき作ったカードのデザイン
キャッチコピーはC君作。

ううーむ。これが本当に素晴らしいキャッチであったことを実感する毎日。
ENOが来てから本当にやばいっっっっ!!!
何もこんな大変なときに子犬なんぞを増やさなくても・・・と、さんざ揶揄されたものの・・・
運命的な出会いで彼がうちに来てから、本当にやばい。
どうやばい?・・・・そー、私は彼に夢中。
ペットばか代表で宣誓できるくらい。
ENOのために生きている?
大変だから、ストレスが多いからこその癒し犬。
ほんとうにペットってすごいよ、本当に。うん、うん。
こんなに幸せになれるとは思わなかった。うん、うん。
はい、ばかです、ワタクシ。うん、うん。
もったいなくてENOがどんなに素晴らしいか書けないよ。本当に・・・・とほほ
ばんと眠るENO。 萌え~~
耳ひっぱっても起きない・・・・・・・・・
なんだかすごいぞ マッコウクジラ!
昨日はばしさんが娘をおもりしてくれて
終日、鴨川まで連れ出して波乗りを教えてきてくれた。
帰ってきた二人はまっくろくろすけ!
夏のお日様と海の愛をもらって最高の笑顔。
深夜まで三人で海と鯨の話をした。
ばしさんはマッコウクジラが大好きでいつかマッコウクジラが集まる海にいくと言う。
いかにまっこうクジラが素晴らしいかをこんこんと説明してくれた。

マッコウクジラは史上最大の肉食動物
標準的なオスの体長は約16- 18m!!!
龍涎香といわれて古来から医薬・媚薬として非常に貴重な天然香料だったものは、
実はマッコウクジラの腸内でできる結石だったことがわかった・・・・
この龍涎香が香木のマッコウにそっくりのいい匂いがするのでマッコウクジラって言うのだそうな。
英語名は sperm whale 「精液くじら」!
頭部から採取される白濁色の脳油が精液そっくり。
生涯の3分の2を深海で過ごす。
軽く2,000m(!!!!)は潜ることができ、集団で狩りをする。
全身の筋肉に酸素を蓄えることが可能であるため 1時間もの間を呼吸することなく潜っていられる。
光の届かない深海においてはエコーロケーション)を用いていて、
絆の強い家族同士での会話にも音を利用している。
ううーん、なんだかすごいぞ、マッコウクジラ・・・・。
このマッコウクジラが主人公の小説が「白鯨」。
実はスターバックスって社名は、創始者が白鯨の副船長「スターバックス」のファンだったから
つけた名前なんだって・・・だから、マークが海の女神・・・!
知らんかったー・・・・。
18~19世紀、アメリカは盛んにマッコウクジラの狩りをして油をとった。
西太平洋地域のクジラを採りにいきたいがばかりに、中継基地が欲しかったのも
日本に開国をせまった理由のひとつなんだって!
もう、マッコウクジラすごいじゃないか!
おぬし、なかなかやるじゃないか!
すっかり私もマッコウクジラのファンになった。
地球の70%は海なんだよ、すごいねー。
その海の平均の深さは3000メートル。
ロケットが空とぶより深いのよ?わかる?
そして、宇宙に行ったことのある人類より、深海に行ったことのある人類の方が少ない。
深海に行くより、宇宙に行く方が人間にとって簡単!てわけ。
人類の行けない真っ暗な深海を悠然と泳ぐマッコウクジラを想って眠りにつく・・・。
ちょっと、私、前世はマッコウクジラだったかも・・・・とか思いながら。
祈っています
病気が早くよくなりますように・・・
祈りが届くなら・・・
いつか、こんな暮らし。
ロマンスカー
病院通いの毎日が続く・・・。
新宿方面へ行くときはロマンスカーに乗る。
ロマンスカーに乗るとロマンス味わいうきうき乗ったことを思い出しぽわんとなる。
ただ、最近はあまり楽しいことでのっていないので
むしろナーバスカー?
都心に向かうロマンスカーの窓から外をながめても、
立ち並ぶ住宅や地方都市のがちゃがちゃばかりが続いてちっとも楽しくはないしね。
ずーっと向こうの向こうまで何にもないような景色が眺めたいなーと思ってしまう。
北海道の平原や秋田の田んぼを思い出し、
あー美しかったなーどこか遠くへ行きたいよーとなってしまう。
目に入るものは「緑」みたいなね?
(あ、でもしょっちゅう目にはいるものは「青」の地域には住んでるから
都会住まいの人よりはストレスもないはずなのに、これも贅沢な戯言じゃね・・・。)
お盆で病院もひっそりとしている。
だだっぴろいエレベーターに一人ぽつんと乗る。
長い長い廊下を一人でとぼとぼ歩く。
日に日に小さく縮んでいく母なのに、会うと私は幼い少女のような気持ちになるから不思議だなぁ。
どんだけ末っ子なんだろう・・・(笑)
帰りに病院の玄関を出て見た夕焼けに秋の匂い。

あっという間の夏がもうすぐ終わるね。
秋になったらもう、あの長い廊下を歩かなくてもよくなるといいなぁ。
責任を追及します。
ええっと・・・・
責任を追及したいことがいくつかありまして・・・
そりゃもー戦争責任とかももちろんですが
とりあえず・・・・・
この人が

すっかり、なぜか波乗りにはまり・・・・
本日3件のサーフィンスクールをはしごしてきた結果・・・
中古とはいえ・・・・
こ・こんなでかいものを買おうとしているんですけどーっっっ!!!!
責任者!出て来いっっっ!!!
8月15日
8月15日 土曜日 正午 真夏の太陽で朝干した洗濯物がもう乾いた。
ベランダに出て、シーツやタオルを抱え込んでいたら
突然、市の公共緊急放送みたいなアナウンスが入って
「終戦の日の1分間の黙祷を・・・」と告げられた。
ベランダから真夏の海を楽しむ多くの観光客が見えるけれど
黙祷する人なんて誰もいない・・・
皆、無視。
楽しげにきゃあきゃあ騒いで歩いている。
たった一人、橋の上で自転車にのった少年が、自転車から降りて深く頭をさげていた。
たった一人なのか・・・。と思いあわてて黙祷。
64年がたっている。
身内を戦争で亡くした人が極端に減っている今、仕方のないことかも知れない。
闘病中の母は若い頃の写真を1枚ももっていない。
昭和45年3月10日未明の東京大空襲で本所深川に住んでいた母は全ての財産を焼き払われた。
大きな米問屋だったという。
その晩の恐怖を繰り返し聞かされて育った私は、B29が怖い。
爆風で舞い上がる体。
焼けただれ、隅田川に累々と重なる死体。
頭から落ちる燃え盛る電線。
大事にしていた着物も何もかもを失い、
家族も親友も失った。
翌朝、東京からは全ての建物が消えて富士山が見えたという。
死者行方不明者、一夜にして10万人。
第二次世界大戦の戦死者は全ての国を合わせて約6000万人といわれている。
こんなとき、数字が力をもたないなーと感じる。
戦争体験者の一人の口から語られる恐怖がどんな数字よりも力を持つ。
語るべき人々が年老いて、ひとり、またひとりと死んでいく。
これから生まれる子供たちに、戦争で人が死ぬむなしさをどう伝えよう・・?
30代、40代この世代がもう少しがんばらにゃあいかんなーと思う。
本日、いろんな人のブログを女性社長を中心にチェックするも
「戦争」を語る人がひとりもいなかった。
多くは「経営者」「社長」と名のつく30代、40代のリーダー達のブログであるがとても残念に思う。
「リーダー」であることの責任や
言葉を使えることの、読んでもらえることの力を感じてもらいたい。
伝えたいことは何かを
伝えなくてはならないことは何かを
もうちょっと考えてもいいんじゃないか・・・と思った。
まー何食べたか、とか何着たかとか、誰にあったかもいいけれど。
「影響力のある人」には「きちんとしたメッセージ」を発信する責任があるはずだ。
子供を生む「女」が
「戦争で子供を死なせない」と毅然と言えば
そこに何の反論も割り込めさせない「ばかみたいな」強さがあるだろうに。
人は今、現在、今日、この日にも「武器」で人を殺し続けている・・・んだからね?
変わらないもの
夕方、帰宅したら家の前で友人を発見!!
「サーフィンに来たんだー・・・はははー」
うそばっかり。
昨日の私のブログを読んで心配して顔をみにきてくれたくせに・・・
本当にありがとう。
何にもいわずに、私が一人じゃないってことを教えてくれて。
娘が彼のサーフィンに合流。
夕日の沈む海で、波にもまれる二人をみていてなんだかまた泣けてくる(笑)
ううーん。涙腺が弱い。

ここのところ、私と一緒にいろんなことを背負ってきてくれた娘が
海に入ってさっぱり顔になってくれたこともすごく嬉しい。
彼女の顔つきが日々大人びていく。
ありがとうね、あさこ。

ずっとずっと前から変わらずに波は人の心を洗ってくれる。
じゃあね、と友人と別れて家に帰ると、なんだか人が・・・わさわさ沢山いた。
おーすぐるー!!ねもー!!
チャッピーとその一派の皆様が来訪。みんなひさしぶり!
すぐるに「かーちゃんさー」と言われると、これまた嬉しくて泣けてくる。
10代の頃からごろごろうちに出入りしたみんなが、すっかり大人になってしまって就職だってさ!
いつも思うけれど、この子たちの存在そのものが私の癒し。
だいき、すぐる、みほちゃん、ねも・・・ありがとうね。

名曲「変わらないもの」(時をかける少女)を合唱??
うん、私はずっと変わらないものを探しているんだと思う。
彼らも形のないものを抱きしめて、
変わらないものを探して大人になっていく。
時をこえて変わらないものがあるんだよ?
今日、私がもらったような気持ち。
