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8月15日

 

8月15日 土曜日 正午 真夏の太陽で朝干した洗濯物がもう乾いた。

ベランダに出て、シーツやタオルを抱え込んでいたら

突然、市の公共緊急放送みたいなアナウンスが入って

「終戦の日の1分間の黙祷を・・・」と告げられた。

 

ベランダから真夏の海を楽しむ多くの観光客が見えるけれど

黙祷する人なんて誰もいない・・・

皆、無視。

楽しげにきゃあきゃあ騒いで歩いている。

たった一人、橋の上で自転車にのった少年が、自転車から降りて深く頭をさげていた。

たった一人なのか・・・。と思いあわてて黙祷。

 

64年がたっている。

身内を戦争で亡くした人が極端に減っている今、仕方のないことかも知れない。

 

 

 

闘病中の母は若い頃の写真を1枚ももっていない。

昭和45年3月10日未明の東京大空襲で本所深川に住んでいた母は全ての財産を焼き払われた。

大きな米問屋だったという。

その晩の恐怖を繰り返し聞かされて育った私は、B29が怖い。

爆風で舞い上がる体。

焼けただれ、隅田川に累々と重なる死体。

頭から落ちる燃え盛る電線。

大事にしていた着物も何もかもを失い、

家族も親友も失った。

翌朝、東京からは全ての建物が消えて富士山が見えたという。

死者行方不明者、一夜にして10万人。

 

第二次世界大戦の戦死者は全ての国を合わせて約6000万人といわれている。

こんなとき、数字が力をもたないなーと感じる。

戦争体験者の一人の口から語られる恐怖がどんな数字よりも力を持つ。

 

語るべき人々が年老いて、ひとり、またひとりと死んでいく。

これから生まれる子供たちに、戦争で人が死ぬむなしさをどう伝えよう・・?

 

30代、40代この世代がもう少しがんばらにゃあいかんなーと思う。

 

本日、いろんな人のブログを女性社長を中心にチェックするも

「戦争」を語る人がひとりもいなかった。

 

多くは「経営者」「社長」と名のつく30代、40代のリーダー達のブログであるがとても残念に思う。

「リーダー」であることの責任や

言葉を使えることの、読んでもらえることの力を感じてもらいたい。

伝えたいことは何かを

伝えなくてはならないことは何かを

もうちょっと考えてもいいんじゃないか・・・と思った。

まー何食べたか、とか何着たかとか、誰にあったかもいいけれど。

「影響力のある人」には「きちんとしたメッセージ」を発信する責任があるはずだ。

子供を生む「女」が

「戦争で子供を死なせない」と毅然と言えば

そこに何の反論も割り込めさせない「ばかみたいな」強さがあるだろうに。

 

 

人は今、現在、今日、この日にも「武器」で人を殺し続けている・・・んだからね?